オーダーメード治療を目指す神戸三宮の菊地眼科です

コラム集  iPS細胞と眼科・祝!山中先生ノーベル医学賞受賞 2012.11

先日山中先生がiPS細胞に関する研究でノーベル医学賞を受賞されました。 日本人として大変誇らしいとともに今後の眼科領域での治療応用を心待ちにしています。 眼科領域で臨床応用が進められているのは、おもに網膜色素上皮と角膜に対してです。

iPS細胞と眼科 「角膜」

角膜は光の取り入れ口にあたるため、元来は透明な組織です。 ところが病気に冒されるとその病気が治っても後遺症として濁りが残ってしまい、視力低下の原因になってしまうことがあります。 透明度を取り戻そうとするなら他人の角膜を移植するという治療法になります。 角膜移植も手術成績は向上していますが、拒絶反応やドナー(提供者)不足の問題を抱えています。また、移植の適応がそもそもない場合もあります。 自らのiPS細胞を用いて治療が行えれば、拒絶反応もなくこれまでの治療より負担が少なくなるのではと期待されています。

iPS細胞と眼科 「網膜色素上皮」

いろいろなところで今注目を集めているのがiPS細胞を使った「網膜色素上皮移植」です。 ここ1-2年の内に臨床応用が始まる予定で、しかもポートアイランドにある理化学研究所と先端医療センターが共同して最初に移植が行われるようです。 「網膜細胞の移植」と書いてあることもありますが、正確には「網膜色素上皮細胞の移植」です。

今回の治療対象になっている病気は「加齢黄斑変性症」です。 この病気は網膜というフィルムにあたる組織の中心部を黄斑(図1)といいますが、そこが加齢に伴い病的な変性が生じてしまった状態です。 この病気に関しては日本眼科学会のホームページ「黄斑変性症」の項を見ていただければ大変詳しく書いてありますし、コラム「OCT黄斑変性症」も見ていただければと思います。

ではなぜ黄斑変性症に「網膜色素上皮細胞移植」なのでしょうか?

網膜色素上皮細胞層は網膜と脈絡膜を隔てるとても薄い層(図2)で、網膜中にある視細胞という大変重要な細胞のメンテナンスを行っています。 視細胞は文字通り「視るため」に必要不可欠な細胞で、その大切な機能を維持するために大変活発な新陳代謝が行われています。 新陳代謝の過程で出来た老廃物の処理(貪食)や視物質(視るために必要な物質)の再生の手伝いなどをこの網膜色素上皮細胞が行っています。 そのほかにも、光の散乱を防ぐ暗幕のような役割や、脈絡膜と網膜との間のしきりとしての役割があります。

網膜色素上皮細胞の機能低下が起こると、大切な視細胞のメンテナンスが出来なくなり機能低下が生じてしまいます。 さらに、脈絡膜とのしきりの機能がなくなり脈絡膜側から水漏れしてきて黄斑部の腫れ・むくみ(黄斑浮腫)ができてきたり、脈絡膜側からの新生血管が侵入して網膜の正常構造を破壊したりします。こうなってしまうと視力は大きく低下してしまいます。 これが黄斑変性症という状態で、その原因の多くは網膜そのものにあるのではなく実は網膜色素上皮細胞層や脈絡膜側にあるのです。

網膜色素上皮移植とは、傷んだ網膜色素上皮の代わりにiPS細胞を用いた自己網膜色素上皮細胞をシート状にして網膜色素上皮層を作成し、これを網膜と脈絡膜の間にはさみ込み正常な機能を取り戻そうという治療です。 もちろん良いことばかりではなく、移植細胞のガン化や手術の合併症などのリスクは存在します。ただ、他の臓器と違う特徴として

1. 視力や視野など治療効果を具体的に判定できる検査項目がある。

2. 患者さんに自覚症状が改善されたかどうかを体験していただける。

3. 移植後の様子を眼底検査でチェックし続けることが出来る。

4. もしガン化などの問題が生じるようであればレーザー治療などで対応することが出来る。

ということが挙げられます。 私が医師になった20数年前には想像も出来なかった治療が試みられようとしています。本当にエキサイティングな話です。これからもiPS細胞関連の話題がありましたら、このコラムで取り上げようと思います。

図1                             図2