コラム集 学童期の近視抑制の試み 2020.03
強度近視の学童が増えてきたのは診療していて実感します。 勉強・遊びなどで近くを見続ける時間が長くなったことが原因のようです。 先月の日本眼科学会雑誌に「学童期の近視抑制に関するEBM」という総説が掲載されました。このコラムはこの総説をもとにお話しします。
学童期の強度近視の割合の増加は全世界的な傾向で、特にアジア圏で深刻です。 中国・台湾・シンガポールなどでは国を挙げて近視抑制プログラムを作成・実施しているそうです。 日本でも40歳以上の強度近視の割合は8%程度ですが、小中学生は11%程度と成人と比べて既に高くなってしまっています。
強度近視が様々な病気のリスクになることをこれまでのコラムでお話してきました。 学童期での近視発症率を低下させ、強度近視への移行を防ぐ治療はとても重要です。 近くを見続けることでかかる目へのストレスをどうしたら軽減できるかが治療のポイントになります。 面倒くさくつらい治療では長続きしないので、治療方法としては重篤な副作用がないことに加え、経済的かつ煩雑でないことが必要です。 これまでに試みられた治療法のいくつかを紹介します。
1.累進屈折力眼鏡
老眼の人が使用している遠近両用メガネと同じようなものです。 近視抑制効果は少しあるが、治療法としての効果は弱く、 眼鏡をかけ続けるストレスや費用面などを考えると治療として推奨できるものではないという結論に至ってます。
2.コンタクトレンズ
同じように多焦点コンタクトレンズあるいは遠近両用コンタクトレンズを用いた試験も行われており、その中である程度抑制効果を発揮したレンズがありました。 欧米では近視進行抑制用コンタクトレンズとして認可を受け市販されているものがあります。 ただ低年齢学童が安全に使用できるか、費用的・心理的な負担など課題も多いと思います。
3.オルソケラトロジー
矯正用のハードコンタクトレンズを就寝時に装用し、起きている時間帯には裸眼で生活できるようにする治療法です。 治療の性質上EBMに基づく試験が難しいのですが、ある程度の近視抑制効果があるとの結果が出てはいます。 ただ、必ず専門医の指導のもと治療を続けなければなりません。保険診療ではないのでコンタクトレンズの調整・交換など時間的・経済的な負担も小さくありません。
4.アトロピン点眼
ブドウ膜炎の治療や屈折検査などで用いる通常濃度のアトロピン点眼には、強力な近視抑制効果があります。 ただ、1回点眼しただけで、数日散瞳と調節麻痺がおこるので、まぶしさや老眼のような近見障害など不愉快な症状が続き、全身的にも動悸などの副作用がおきることがあります。 これでは近視抑制のために学童期に点眼し続けることはできません。
ところが、このような副作用が出ないほどに薄めた低濃度アトロピン点眼に近視抑制効果があるという報告が数年前に出ました。 近視発症あるいは進行予防に使えるのではないかと、その後に行われた大規模追認試験の結果をとても期待して待っていました。 しかしながら欧米に続いて昨年日本でもそれほど効果はないという残念な結果が出てしまいました。 低濃度アトロピン点眼も治療法としては推奨できないという結果になりそうです。
学童期に近見作業を長時間続けると近視発症率が上がることは間違いありません。 その一方で、屋外活動の時間が長いほど抑制作用があることも示されています。 さらに近見作業時間の長短にかかわらず、長時間の屋外作業は近視発症率を抑制してくれるそうです。 今後学童期における近見作業の長時間化が避けられないなかで、どのように近視発症・強度近視化を予防するかは本当に重要な課題です。