オーダーメード治療を目指す神戸三宮の菊地眼科です

コラム集  EBM と COI 「根拠に基づく医療と利益相反」

以前のコラムで、EBMのことを少しお話ししました。EBMとはevidence-based medicineの頭文字で「根拠に基づいた医療」と訳されています。 今まで行われていた治療が本当に効果的なものなのか、新しく開発された治療法が本当に有効かどうか、どの治療の組み合わせがもっとも効果的なのかなど、いろいろなことに対して根拠に基づいた評価が行われています。その評価に基づいて治療法や薬を選択し、その人のライフスタイルや社会的背景を加味して最適な治療法すなわちEBMを提案していくことになります。 そのため根拠を得られなかった治療法や薬は採用される頻度が減るため、製薬会社をはじめとする企業にとっては自社製品や自社開発の治療法が有効である、あるいは他の治療法より優れているという根拠を得られるかどうかがとても重要になります。

そこで問題となってくるのがCOI(conflict of interest、利益相反)です。 EBMを確かめるために行われる臨床試験は大規模かつ長期間にわたるものが多く、相当なお金がかかるものとなります。 そこで、試験を行うに当たって資金援助を中立である公的機関など各方面から受けることになるのですが、それではお金が足りないので臨床試験の結果で業績が左右される企業から資金援助を受ける場合が決してまれではないのです。企業側からそのような試験を資金提供を前提で依頼されることもあるようです。企業としては自社製品が他より優れているという結果を当然期待して資金提供し、その結果を営業や業績に反映したいと考えています。その一方でEBMを求めるために行われる臨床試験は本当にその企業の製品が秀でているかどうかという真理を探究するのが目的です。このように医療としての真理を探究するとう課題と企業の営利を追求するという目的は時として相容れないものとなってしまいます。これを利益相反の状態といいます。 そのため、EBMを求めるために行われる大規模臨床試験は利益相反の状態を受け入れながらそれが試験結果に影響されないようにとても注意深く行われています。

このような臨床試験における利益相反が注目されるきっかけとなった事件にゲルシンガー事件があります。 遺伝病を抱えるゲルシンガー氏に対して、試験担当医師が不十分なインフォームド・コンセントのもと、不適切な遺伝子治療を自己の利益追求のために行い、氏を死亡に至らしめた事件です。この試験担当医師は研究のスポンサー企業の設立者かつ株主で、この治療が成功すれば莫大な利益が転がり込むことになっていました。しかも実施大学との間でも株式による利益供与が予定されていたそうです。 この事件を機に臨床試験では利益相反がないように、もしあるならそれが試験方法や結果に影響がでないようにきびしく制限されています。

最近、大手製薬会社の降圧薬の効果を判定した大規模試験に関して不備が指摘されています。 眼科領域でも緑内障点眼薬や黄斑変性症で眼に注射する薬などで臨床試験は行われています。内服薬とは違う眼科に特徴的な投与方法であるため、日本眼科学会でも欧米での経緯をふまえた利益相反規定を策定しています。 ひとの命や視機能に直結する問題なので、慎重すぎるぐらいの規定でちょうど良いと思います。